2510_Serbia
Created by K. Ishikawa
Created by K. Ishikawa
掲載写真:38枚. 主にSony RX100M5Aで撮影.閲覧時のWebデータ通信量の節約のため,写真は原画の画素を縦横とも約1/6から1/8に縮減して掲載( 800 x 540 pixels)した.
セルビア
ドナウ川とサヴァ川が交わる要衝の地、セルビア.東欧と西欧の文化が混じり合うセルビアの歴史と、活気ある「今」を撮った。
この旅のアクセントとして,まずシャルガンスカ・オスミッツア間の山間を8の字を描きながら走るレトロなナローゲージ鉄道シャルガン8に乗車.素朴で美しい山岳風景は、まるで映画のワンシーンのようだった.
首都ベオグラードでは、カレメグダン要塞から望む雄大な河川の合流点や,文化・芸術の中心地ノヴィサドでペトロヴァラディン要塞の壮麗な姿と、穏やかな街並みに心惹かれた.
錦秋の山々@ズラティボール,セルビア
セルビアのモクラ・ゴラからシャールガン・ヴィタシ駅を結ぶ狭軌の保存鉄道「シャールガン・エイト(シャールガン八番)」の乗車券.
翻訳:モクラ・ゴラからシャールガン・ヴィタシへ、そしてモクラ・ゴラへ戻る
シャールガン・エイトは、セルビアのモクラ・ゴラにある保存鉄道.「シャールガン8」という名前は、急勾配を克服するために線路が数字の「8」の形に敷設されていることに由来する.この路線は一時廃線になっていたが2003年9月1日に復旧され,今では大人気の観光鉄道になっている.
以前は蒸気機関車で運用していた.
現在はディーゼル機関車が列車を牽引している.
シャールガン・エイトで使われた1950年代のクライスラー・ニューヨーカー
軌陸車(きりくしゃ)」で,道路と線路の両方を走行できる.主に鉄道の保線作業や電線工事などに使用される.終電後から始発までの限られた時間内に、現場に迅速に移動して作業を行うために重宝されている.
シャルガン・エイト鉄道のディーゼル気動車で740形機関車@モクラ・ゴラ,セルビア
シャルガン・エイト鉄道は、セルビア西部とボスニア・ヘルツェゴビナの国境付近を走る観光列車だ.山岳地帯を8の字を描くように進むことから、この名前が付けられた。この路線は、美しい山岳風景の中、トンネルや鉄橋が続く景観が特徴だ.
駅員さんが客車のドアを閉めに来た.
トンネル内の木製の客車.
たくさんの中学・高校生風の乗客.
途中駅の展望テラス.
映画撮影用の駅
クラシックな連結器
民族村「ドゥルヴェングラード」@モクラ・ゴラ,セルビア
この村は、映画監督のエミール・クストリッツァが自身の映画『ライフ・イズ・ミラクル』の撮影セットとして建設したものだ.「ドゥルヴェングラード」はセルビア語で「木の街」を意味する.村はクストリッツァ監督が敬愛する人物にちなんで名付けられた通りで構成されており、ニコラ・テスラやノバク・ジョコビッチなどの名前が付けられている.村は小高い丘の上にあり,映画館,レストラン,お土産店,教会,図書館などがある.
民族村「ドゥルヴェングラード」からの眺望@モクラ・ゴラ,セルビア
自由広場(Trg Slobode)@ノヴィ・サド,セルビア
自由広場はノヴィ・サドの中心部に位置する大きな広場で、歴史的建造物に囲まれている.広場の近くには、ネオゴシック様式の聖母マリア教会(Church of the Holy Name of Mary)やノヴィ・サド市庁舎などがある.これらの建物は19世紀後半に建てられたものが多く、アールヌーボー様式などの建築様式を見ることができる.
聖母マリア教会と自由広場(Trg Slobode)@ノヴィ・サド,セルビア
聖母マリア教会はノヴィサドで最も高い教会であり、高さ73メートルの尖塔を持っている.この教会は、1893年から1895年にかけて、ゲオルグ・モルナール(Georg Molnar)の設計によりネオゴシック様式で建設された.地元の人々からは「大聖堂」と呼ばれているが、実際には大司教座が置かれていないため、公式には大聖堂ではない.
ノヴィ・サド市庁舎@ノヴィ・サド,セルビア.
オーストリアのグラーツ市庁舎をモデルに、1895年に建設された.建物上部には、火災時に市民に危険を知らせるために使われた高さ36メートルの見張り塔がある.
クロスステッチの見本@ノヴィ・サド,セルビア.
街角@ノヴィ・サド,セルビア.
街角@ノヴィ・サド,セルビア.
セルビア共和国の国旗.
セルビアの国旗は、汎スラブ色の赤、青、白の横三色旗.旗竿寄りに国章が配置されていて、双頭の白鷲、盾、十字架、4つの火打鉄、ネマニッチ朝の王冠で構成されている.
軍事博物館@カレメグダン公園,ベオグラード ,セルビア
カレメグダン公園の中にある軍事博物館は、博物館内部には昔の兵士の衣装や銃などの武器が展示されている.
軍事博物館@カレメグダン公園,ベオグラード ,セルビア
サヴァ川とドナウ川の合流地点@ベオグラード,セルビア
ベオグラードは、パンノニア平原とバルカン半島の交差点に位置している.画像の川はサヴァ川とドナウ川の合流地点.サヴァ川はスロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビアを流れる川.
日本の泉」と呼ばれる記念碑@カレメグダン公園・ベオグラード要塞,ベオグラード,セルビア.
記念碑「日本の泉」は、過去に日本からベオグラード市に寄せられた寄付への感謝の印として設置された.
ユーゴスラビア歴史博物館(Museum of Yugoslavia)@ベオグラード,セルビア.
ユーゴスラビアの複雑な歴史的遺産を保存し、解釈することを目的としている.この博物館は、ユーゴスラビアの建国から1990年代の解体まで、その発展と衰退のすべての段階からの展示品を収蔵している.
敷地内には,ヨシップ・ブロズ・チトーの墓所である「花の家」も含まれており,チトー大統領が受け取った贈り物や,ユーゴスラビアの歴史に関する貴重な資料が展示されている.
チトー大統領は、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の初代首相および第2代大統領を務めたヨシップ・ブロズ・チトー(Josip Broz Tito)のことだ.チトーは第二次世界大戦中のパルチザン(人民解放軍)を率いてナチス・ドイツに抵抗し,ユーゴスラビアを解放に導いた.戦後は,宗教や民族の違いから分裂していたバルカン半島の諸民族をまとめ,ユーゴスラビアを建国した.
チトー大統領の墓@ベオグラード,セルビア.
聖サワ大聖堂@ベオグラード,セルビア.
セルビア正教会の大聖堂で、バルカン半島で最大規模の正教会聖堂として知られている.
聖サワ大聖堂@ベオグラード,セルビア.
聖サワ大聖堂の門扉の日本語文@ベオグラード,セルビア.
ユーゴスラビア国防省(旧ユーゴスラビア連邦共和国国防省)の建物@ベオグラード
この建物は、1999年のNATOによるユーゴスラビア空爆で被弾し、破壊された部分がそのまま残されている.ベオグラードのシンボル的な存在であり、空爆の記憶を伝える場所として知られている.現在、建物の一部は再建され、セルビア国防省として使用されている.
ミックスミートグリル@ベオグラードのレストラン
ミートの濃い味付けがうまかった.
路面電車(トラム)@ベオグラード,セルビア.
ベオグラード市公共輸送公社(GSPベオグラード)が運行するトラム.ベオグラードでは、2025年1月より公共交通機関の運賃が無料化されている.路面電車(トラム)は、ベオグラード市内の公共交通機関の約8割を占めるバス、トロリーバスとともに、市民の主要な移動手段となっている.
バルカンの旅の終わりに
今回のバルカン6か国10日間の旅の始まりはトルコ航空のお世話になりました.成田→イスタンブール@トルコがB777で13時間19分.イスタンブール→スコピエ@北マケドニアが1時間35分の長旅になりました.CAの皆さんには,こまやかなお気遣いをいただき快適な空の旅になりました.
さらに,バルカンの北マケドニアからコソボ,アルバニア,モンテネグロ,ボスニア・ヘルツェゴヴィナそしてセルビアに至る総移動距離は,札幌から福岡市に至る約2,030Kmをバス移動したことに相当するとされています.この間,ツアーディレクターの谷藤さんをはじめ各国のガイドの皆さん,運転手さんに大変お世話になりました.おかげをもちまして同行の皆さんとともに無事に帰国できましたことに感謝いたします.2025年10月